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山猿

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ヨックタイ・シスオー

6月11日に東京・大久保のDEEPオフィシャルジム「IMPACT」にて元WBA世界Sフライ級王者のヨックタイ・シスオーが篠原光との電撃結婚&篠原妊娠を発表したというニュースが出ていました。

このニュース、初めて知ったならぶったまげたでしょうが、おれは少し前に見た覚えがある。はて、どこで知ったんだっけと思い返してみたところ、南部虎弾のコラムでした。
わざわざ飯田覚士との二連戦のビデオを見返そうとまでは思いませんが、ヨックタイって世界王者時代、結婚していなかったっけ?

プロボクサーとしてのキャリア終盤は来日していくつかの黒星を重ねましたが、全盛期は強い選手でした。キューバ人のイスマエル・サラスが90年代にタイで育てた世界王者五人のうちの一人。96年8月24日、戴冠試合でアリミ・ゴイチア(ベネズエラ)を沈めた鳩尾への右ストレートは見事でした。
97年の緑の日に、3度目の防衛戦で初来日して愛知県体育館で飯田の挑戦を受けます。公開練習の映像を見た時には飯田が適う相手ではないと感じました。しかし試合ではグイグイと正面からプレッシャーをかけるものの、飯田のフットワークに翻弄され、自慢の攻撃力は空転。この時はドローの採点に大喜びしていましたが、同年12月23日、同会場での飯田との再戦で初回にダウンを奪われると終盤の反撃も届かず、0−3判定負けで陥落。個人的にはこの二試合の採点には疑問を覚え、初戦は飯田の勝ち、二戦目はヨックタイの勝ちだと思っています。
00年4月23日には王座奪回を目指し、名古屋市総合体育館レインボーホールでWBA世界Sフライ級王者・戸高秀樹に挑戦。右ショートアッパーで前半圧倒しますが、8回終了ゴングと同時に放たれた戸高の右フックをテンプルに浴びてダウン。大ダメージを負い、11回38秒逆転のTKO負けに沈みました。結果的に両者ともボクサー生命を削ることになってしまいましたが、強烈な記憶を残した凄まじい試合でした。
そんなわけで、日本のボクシングファンでは知らない人のいないヨックタイ。見た目もだいぶおっさんになってます。
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by the_leaping_hare | 2009-06-13 23:01 | Box
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