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山猿

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1967クロスカウンター

1月末に発売された「1967 クロスカウンター 雑草と呼ばれたチャンピオン小林弘」(太田出版、菅淳一著)を一気に読んだ。それにしてもカバーのモノクロ写真が渋すぎる。
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日本が生んだ6人目の世界王者である元世界Jライト級王者・小林弘氏(現・小林ボクシングジム会長)の半生を綴ったノンフィクション。ニッポン放送AD、出版社、広告代理店などの職歴のある54年生まれの著者は87年春に小林と出会ったと文中にある。原稿を読んだ片岡鶴太郎の推薦があり、この度、刊行されたということだ。

「世界王者・小林弘」はおろか「解説者・小林弘(72〜88年まで日テレで解説を担当)」でさえもリアルタイムでは知らないおれのような世代にとっては驚くような話がたくさん出てきて惹き込まれた。父親を知らず貧困を極めた幼少期、エキセントリックなジム会長、僅か10日やそこらのインターバルで繰り返されるハードなマッチメイク、史上初の日本人同士の世界タイトルマッチ、6度の防衛、75戦の途方もないキャリア、日本のリングで初めてレイジェスのグローブを使用した選手、雑草の男、クロスカウンターの名手。単に事象を記しただけでなく、そこに本人しか知り得ないエピソードが絡んでくるので読み応えがある。

題名の「1967」という数字は小林が世界Jライト級王座を獲得した年。
ここでいう「クロスカウンター」とは、オーソドックス同士が対戦した場合、相手の左パンチを左にヘッドスリップして外すと同時に相手の左肩越しに打ち込む右パンチ。これは小林の必殺パンチであり、メキシコの名伯楽ルペ・サンチェスとの出会いがあった66年夏の中南米遠征で会得したものとされる。

67年12月14日、小林弘が蔵前国技館で“精密機械”と呼ばれた王者・沼田義明(極東)を12回1分56秒KOで沈めて世界王者となった翌日の15日、「週刊少年マガジン」にて「あしたのジョー」の連載が始まる。
68年5月、小林は梶原一騎の自宅に招かれ、クロスカウンターについて教えを請われる。そして、矢吹丈の必殺パンチが生まれた。
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by the_leaping_hare | 2011-02-21 08:18 | Box
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