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山猿

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WBA世界フライ級タイトルマッチ

e0042386_0101795.jpg前半は山口,後半は坂田というおおまかな試合の流れは戦前から予想された通りのもの。では,その試合の中で想定外の出来事はというと,3ラウンドの王者のダウン。そしてビッグチャンスを迎えた挑戦者の急失速ぶりでした。
2002年2月23日,千葉は舞浜の東京ベイNKホール(2005年閉館)でWBA世界L・フライ級王者の崔堯三(韓国=2007年12月25日の試合後に脳死状態に陥り,今年1月3日に家族の要望で生命維持装置を外して35歳で死亡)に挑戦し,10回TKO負けした山口は一階級上げて二度目の世界挑戦。千葉県で世界戦を二度行うという史上初の選手ではなかろうか。根性に支えられたアグレッシブなアタックが持ち味の,いわば王者と同タイプのボクサーという印象だけが残っているのですが,この試合の序盤はたいへん器用なボクシングを展開しました。スピード,フットワーク,左の多彩さで王者を圧倒し,3回開始直後には引き際に課題のある坂田の左ジャブに教科書通りの右クロスを合わせて,ダウンを奪います。右膝から崩れた坂田は再開後,明らかにダメージがありましたが,ここで「まだ行くな」という渡嘉敷会長の指示の飛んだ挑戦者の拙攻に救われました。
以後の山口はまるで見どころなし。2ラウンド捨てて次の1ラウンドのポイントを取りにいくというような駆け引きすらできず,ただただ序盤の貯金を食いつぶすだけで試合終了のゴングを聞くことになりました。
ダウンの印象が良くないのですが,判定は文句なしに坂田。おれの採点でも115−113で王者の防衛です。簡単に倒れる割には非常に早い回復,無尽蔵のスタミナ,ショートレンジの打ち合いの強さは見事。身体能力的には特筆すべき点はありませんが,よく走っているんだろうなということがひしひしと伝わってきます。今後は,あまりに酷いスロースターターぶり,2004年6月4日に当時の王者ロレンソ・パーラ(ベネズエラ)に割られた影響なのか脆い顎をカバーする戦い方を見せてほしいところです。
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by the_leaping_hare | 2008-04-06 00:54 | Box
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