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山猿

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1972.2.28

e0042386_184317.jpg『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 (2007 日本)製作・監督・企画・脚本:若松孝二,音楽:ジム・オルーク

1960年の安保闘争から1972年のあさま山荘に至るまでの連合赤軍事件を真っ正面から事実として描いたこの映画を前にすれば,完成度などどうでもいい。日本人として観ておかなければならない映画。上映時間190分。朝10時20分から一回のみの上映であるテアトル梅田は平日であるにもかかわらず立ち見まで出ていた。客層は全共闘世代多し。長谷川和彦が20年かけても撮れなかった連合赤軍を,『光の雨』,『鬼畜大宴会』,『突入せよ!あさま山荘事件』では歪んだ角度からでしか描けなかった連合赤軍を,集大成という決意で若松孝二が小細工なしに撮り切った。

制作費は二億円強。終盤の「あさま山荘」の場面では予算不足から1600人動員された警官の姿はなく,あの鉄球も出てこない。若松監督が自宅を抵当に入れ,別荘をぶっ壊しながらも甦らせたあさま山荘だ。すべての役が実名であり,連合赤軍メンバーは坂口弘役のARATA,遠山美枝子役の坂井真紀以外はほぼ無名の役者。出演者にはマネジャーの同伴を許さず,全員合宿生活での参加を強制している。中でも異彩を放ったのが永田洋子役の並木愛枝という役者。『光の雨』での裕木奈江の不気味さとはまた異なるインパクト。とてつもなくブスで性格の悪い女にリアリティを持たせた。

そして忘れてはいけないのが,音楽をジム・オルークが担当しているということ。おれはジム・オルークが大好きなのだけど,美しいですね。中盤以降のギターサウンド,クライマックスでのBill Fayのカバー「Pictures of Adolf Again」に,少年の悲痛な叫びが重なる。若松監督作品の熱狂的なファンであったジム・オルークが監督に音楽を担当させてくれと直訴したことから実現した奇跡の組み合わせだ。ジム・オルークなど知らなかった監督が「おれと話がしたかったら日本語を話せるようになってから来い」と門前払いにしたこと,東京に移住したジムが一年後に本当に日本語を話せるようになっていたこと,作りあげた音楽に対しても「この馬鹿が」と何十回も監督がダメ出ししたことなど凄まじいエピソードが残っている。何故,サントラが発売されていないのだ。

上映後のテアトル梅田ではグッズ売場に長蛇の列ができていました。ISBNが付き,書店でも販売している1400円+税のパンフレットが秀逸。朝日新聞社の発行ということだけが気にくわないけれども,たいへん優れた資料的価値も持つものに仕上がっています。

おれは1972年には生まれてもおらず,現在に至るまで一切の政治運動に関わったことはない。“Revolution”という言葉に何の憧れもなければ,革命家へのシンパシーも感じない。それでもこの時代を知っておく必要があると強く感じた。志を持って結成された組織が内部で崩壊する過程…本気で時代を変えようとした若者たちの敗北。国家権力側からの一方的な史実に従ったわけでもなく,連合赤軍を賛美するわけでもなく,実録として客観的に記録した壮大な鎮魂歌が,35年の時間を経てようやく紡がれた。
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by the_leaping_hare | 2008-04-07 12:56 | Movie
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