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山猿

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モリシ引退 ミスター・セレッソよ,永遠に…

2008年10月31日,長居スタジアムで元日本代表MF森島寛晃選手が引退会見を行いました。
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昨年3月に発症した原因不明の首痛からの日々を追えば,そう遠くないうちにこの日が来ることは覚悟していましたが,会見でのコメントを読むと泣かずにはいられません。一度でいいから,モリシにタイトルを獲らせてあげたかった。
天皇杯で決勝進出三度,リーグ戦では首位で最終節に臨むこと二度。時に神懸かり的な快進撃を見せたセレッソの中心にはいつも背番号「8」がいました。
二列目からセンターフォワードを一気に追い抜きゴールを決めるセカンド・ストライカーという存在を日本で確立した功労者。数多くの印象的なプレーが忘れられません。
“盟友”西澤明訓とのアベックゴールで時の世界王者・フランスと引き分けた00年6月6日,カサブランカでのハッサン二世杯。同年8月26日,宮城スタジアムでのオールスターでのピクシーの後方からの浮き球パスを叩き込んだダイレクトボレー。全盛期の02年,ワールドカップを棒に振ることを承知の上でJ2に降格したセレッソに留まったクラブへの愛情。そしてJ2の選手として勝ち取った日韓ワールドカップで,6月14日,地元・長居でのチュニジア戦での美しすぎる先制ゴール。最もタイトルに近づいた05年,リーグ最終節・FC東京戦,すでに退いたベンチで耳にした悪夢のようなホイッスル。
どんな立場に立とうと謙虚で奢らない。常にセレッソへの,ファンへの感謝を忘れなかったすばらしい選手でした。18年間,本当におつかれさまです。

移籍を決断していれば,疾うの昔に達成していたであろうJ1通算100ゴールにもあと6点届きませんでした。本当に良かったと思えるのは,日本人で7人しかいないワールドカップの得点者にモリシの名前が残っていることです。
今後は「セレッソ大阪アンバサダー」および「ハナサカクラブ会長」に就任するとのこと。そして近い将来,セレッソの監督として再び長居のピッチに帰ってきてくれることでしょう。自身が為し得なかった夢を実現するために。“飛行機”の再離陸はその日までお預けです。
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そして今日,11月1日,西澤明訓の所属する清水エスパルスは国立競技場で大分トリニータとのナビスコカップ決勝戦を迎えます。果たして西澤はベンチ入りするのでしょうか。
07年1月17日,断腸の思いで故郷・清水への移籍を決断した時に西澤が残した
「セレッソでは本当に素晴らしいチームメイト,クラブ,サポーターのおかげで,たくさんの貴重な経験をさせていただきました。自分としては,8番の大きな背中を追いかけて,好き勝手にやってきただけですが… 。これからは,これまでの経験をいかして,セレッソに負けないように全力でやっていきたいと思っています」
というコメント。トリニータの初優勝を心から願うおれですが,無理矢理でもオレンジの襟を立てたアキがモリシの分まで…という姿を見たい気持ちも同じくらいあります。
すべてを見届けるため,国立へ行ってきます。
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by the_leaping_hare | 2008-11-01 02:45 | Football
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